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【京都】宇治へ― 黄檗の萬福寺編



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2018年11月18日(日)、黄檗編の続きです。

黄檗山、萬福寺に行って来ました。

『黄檗宗は、中国・明時代の高僧隠元隆琦禅師が1654年に日本に来られ、伝え、広めた禅宗の一派です。臨済宗の流れをくんでいるのですが、四代将軍家綱より許可を得て、宇治に黄檗山萬福寺を開くことにより、正式に黄檗宗が認められたのです。
萬福寺は中国明朝の伽藍様式を取り入れて、他の宗派にはない中国風な香りを感じることができる寺院です。』


公式サイト→こちら


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ハスかな、これは。
枯れてたみたいだけど、これもまた綺麗だなと・・
思ったので写真を1枚。


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HPより、歴史↓

『黄檗山萬福寺は1661年に中国僧 隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師 によって開創されました。


禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。
その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。
宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。


その後、幕府の政策等により、宗派を黄檗宗と改宗し現在に至ります。
日本でいう「禅宗」は、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗に分類されています。


萬福寺の伽藍建築・文化などはすべて中国の明朝様式です。
美術・建築・印刷・煎茶・普茶料理、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)・木魚なども隠元禅師が来られてから日本にもたらされたものであり、当時江戸時代の文化全般に影響を与えたといわれています。

中でも中国風精進料理である「普茶料理」は日本の精進料理(禅僧が日常食する質素な食事)とイメージが異なっています。
見た目も美しく盛りつけられる料理の数々は、高タンパク・低カロリーで栄養面にも優れ、席を共にする人たちと楽しく感謝して料理を頂く事に普茶料理の意味が込められています。』


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魚の形をした開版(かいぱん)といいますが、時を報せる法具だそうです。

木魚の原形なんだって。へー。

でかいたい焼き(違)。


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いんげんまめ太郎・・

これは冒涜ではないだろうか。
隠元様、怒ってないよね、HAHAHAHAHA。

紅葉がちょっとだけありました。
まだ早いのかなー。

広くてのんびり。
じっくり見て回れば半日かかりそうかなー、多分。


ってな具合に、さあ午後からは宇治に行くぞーって、
その前に駅で、買ってたパンを食べる。
一言。

お腹がまんぷくじ!

はぁはぁ、何故かすごく言いたかった。年かな(ん?)。

ダジャレは1日1個まで・・

さて宇治に行きました。

今回で今年は2回目。なので写真も撮らず、
食べよーと思ってたパフェとかパフェとかパフェとかパフェ。

前回、はんなりカフェの憩和井(いわい)さんていう飴屋さんに行ってお昼代わりにハロウィンパフェを食べたんですが、

今回もパフェ食べよと思って行ったんですが、お腹すいてたので茶そばのセットにしました。

デザートに、ひやしあめのゼリーが付いてた。
だって飴屋さんだもの。しょうがの味や~。
風邪ひかないよーに~。

さすがにカツサンドとブリオッシュカネル食べて茶そばとかやくご飯食べて、


パフェ無理!(泣)


ま、また次回・・

源氏パフェとか鳳凰パンケーキとか季節のはんなりパフェセットとか、

(- -) どうやって食べたらいいんだ。げぷ。

お昼終わって、次へと向かいます。へけ。



by ayumikantarou | 2018-11-18 20:34 | 【京都】気ままに歩く
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